"bicycle" David V. Herlihy2009/05/17 15:22

"Dancing Chain"はテクノロジーに着目した自転車の歴史についての良書ですが、この本はその文化的側面を埋める良書です。1800年代に"Velocipede"と呼ばれた自転車先史時代から始まり現代に至る自転車の改良の歴史とともに主として自転車乗りたちの文化に深く触れています。当時の本や雑誌のイラストレーションや漫画には数多くの自転車や自転車乗りが登場します。エレガントな女性から物語のヒーローまで。"High Wheeler"つまりダルマ自転車時代には自転車の乗ることは相当に難しい技術であり、今の自動車教習所のように運転を教える場所もありました。広いボールルームのようなところで棒にしがみついたり転倒する人たちの滑稽な絵は、初めてビンディング付きの自転車に乗ったときの哀れで滑稽な記憶を呼び起こし、私は笑いました。自転車が爆発的なブームを呼び起こすのはローバー社(旧ミニとともに消えました。)がセイフティ型自転車という前後輪同径の自転車を発明してからです。自転車は男女や階級の別もなく爆発的な流行をみせ、自転車に驚く馬車の暴走や事故の増加も大きな問題であったようです。男女問わず長距離サイクリングも当時の流行で当時の新聞の挿絵にはキュロットスカートを履いた女性も数多く見られます。美しい自転車広告がこの本には数多く収録されていますが、そのほとんどは自転車に乗る女性や女神をモデルにしています。自転車を手に入れることで自由で楽しい暮らしを手に入れよう、というメッセージを感じます。自転車が安い乗り物になるのはこの自転車ブームの後のことです。 さて、写真にあるクラシックな自転車は1869年にフランスで売られていたツーリング用自転車です。サドルは前後輪をつなぐバネの上に付けてあり後輪にはブレーキも付けられています。この頃にはすでに自転車レースは盛んに行われていたようです。スポーツとしてのレースもあったようですが、挿絵のひとつはおしゃれをした女性レーサーがトラックを走るのを男共が眺めている様子も描かれています。この本はYale Univ. Pressから手に入れることができます。使われている技術は200年の間に変わりましたが、ひとが自転車に求めてきたものはそう変わらないようです。 「新聞の日曜版を読んで過ごしてきた無駄な週末は、自転車を手に入れてから一変したんだ。僕はくだらない記事の変わりに自然の書物を読む。」自転車ブームの頃に書かれた漫画です。素朴でわかりやすいメッセージです。 ところで、自転車とは無関係ですが、わたしはここ10年、新聞もテレビも読んでいないし見ていません。ニュースはオンライン版で十分ですし、人生に与えられた時間は限られていると気がついたからです。

"The Dancing Chain" Frank.J.BERTO2009/05/11 20:55

変速機付き自転車の歴史についてのおそらく唯一の本です。この本より優れたものがあれば是非教えていただきたいです。当時の広告、特許図面、写真などをふんだんに使っており流し読みをしていてもおもしろいですが、核心は本文にあることが凡百のカタログ本と違うところです。この本は自転車が今ある形式に進化するまでの歴史を当時の技術的課題、それを解決するための各社の技術、マーケットが決めたそれら技術の運命をたどりながら解説してくれます。VeloPressという出版社から出ています。歴史とともに、よりスムースな変速をするためのスプロケット形状やシフターピンの働き、変速機の工夫やドライブ効率といった重要な問題から、一見、なんとなく作られたようにもみえるディレイラーのケージの形の意味まで説明してくれます。 ところで、わたしの自転車には10速の変速機がついています。カンパニョーロ社が10速の変速機を製品化したのは2000年のことですが、実はそれを遡ること95年、1905年には世界最初の10速変速機付き自転車をTerrot Levocycletteというメーカーが製造しています。ハンドルの握りを廻して変則するグリップシフトを発明したのはSRAM社だと思っていましたが、100年前に作られていたTerrotの10速自転車は既にグリップシフトです。その技術が継承されずに21世紀を待たなければならなかった理由はもちろんあります。Terrotの自転車はいわゆる"Lever Cycle"でした。回転する丸いチェーンの輪はなく、チェーンは開いています。原始時代のひとびとが火を起こすために弓のような道具を使い、紐に棒を絡めて左右に振りながら棒を廻す様子を思い浮かべてください。紐がチェーン、棒はスプロケットをつけた車軸です。車軸をフリーハブにつけておけば車輪は一方向に回転します。それがレバーサイクルの仕組みでペダルは左右ともバタバタ踏むだけです。この自転車は快適に走ることが出来たようですが、最大の欠点はサイクルの半分は加速できません。レースには不向きでした。そういう理由から今のような閉じたチェーンの輪を使うようになり多段変速は難しい課題となりました。他にもおもしろい話はいろいろ読めますので自転車好きの方にはご一読をお勧めします。

追記:わたしが憧れている大きな前輪がついたダルマ自転車は当時、地上最速の乗り物だったのだそうです。平均時速30km/hを120rpmのケイデンスで達成したのが当時のレコードです。ダルマ自転車はクランク長さ20cm弱、ホイール径はレース用"High Cycle"では2m近いですから、今のロードバイクの52-12の組み合わせの10倍くらい重いことになると思います。それを120rpmで廻すのですからたいした脚力ですね。

"Hubble" Christensen & Fosbury2009/04/19 20:10

ハッブル望遠鏡で撮影された写真集はこの他にも幾つか持っていますが、薄いこの本が今のところいちばん気に入っています。表紙を開くとまずは見開きで眺めることができるM51のHα光のスパークに惹き付けらます。しかし本当にすばらしいのは散光星雲の妖しい姿です。絵の具を溶いた水面に墨を落としたような複雑で濃厚な光にこんな世界があるのかと目眩すら起こしそうです。ハッブル望遠鏡が出来た頃、わたしは天文からは遠ざかっていたのですが、ある日仕事に出かけるとこの望遠鏡のCCDで撮影した写真が誇らしげに壁に貼られていたことを覚えています。わたしの仕事はCCDではなかったけれど、誇らしさを感じました。その会社には電子増倍の機能を持つ高ダイナミックレンジCCDもあるのですが天文用カメラに使われるものは安いCCDばかりで残念です。